18才の虚想

何もかもくだらない
何もかもつまらない
なにもかも・・・・
私は今どうしてここで生きているのだろうか?
近すぎる過去も遠すぎる未来も、私には嫌なことばかり。
好きな人?そんな人がいたら私はもっと違う生き方をしていたはず。
一度こっぴどくふられてしまったんだもの。もう恋なんていやだね。もう何も考えたくない。むずかしいことは。

ひとりきりでどこか遠い山奥の宿にでも泊まってずっとひとりで泣き続けていたい。
そして和風作りの障子のガラスの窓から12月の雪がしんしんと降りしきり、哀しく毎日を過ごすの。こたつの上には橙色のざるがありその中にはオレンジ色のみかんが6こぐらい入っているの。

父と二人きりでもいい。そして幼い日のことを語り合ってすごく親孝行するの。
優しい世界中で一番好きな父さんと・・・
でもそれじゃ少し幸せすぎるね。
やっぱり父さんはもうこの世にいないんだから空想の対象にはならない。

だから雪の降る山奥で誰かと巡り合うの。
よくわからないけれど北国生まれの人で少し無口で、でも話し出すと優しくてユーモアがあって理知的でちょっぴりかげりのある人。
そしてその人の愛に包まれていたい。
少しの間だけでいいの。
雪に濡れているその人の髪に私の指が触れて、そして私の白い指とその人の髪の温度が触れ合ってじっと見詰め合っているの。ただ見つめあうだけでいいの。そして指と指がふれあうだけでいいの。
それ以上のことは望みたくない。

それ以上のことは私の純な心を汚してしまうから。
北国の冬山の小さな宿の私とその人とのめぐりあい。
幼い頃夢に見たロマンスなの。
そう、どこか旅に出てみたいわ。

今この病の体が元通りになって顔も綺麗になったなら黒いドレスに黒いオーバーを着てリップクリームと少し色のついた口紅とアイシャドウ、まゆずみ、つけまつげ、頬紅とファンデーションを白いバッグに入れ一冊の「女の一生」の文庫本をもち黒いかかとの高いブーツをはいて少し大人ぶって旅にでてみたい。
栗色長い髪にパーマをかけて今までになく美しく、道行く人は私をみつめためいきをもらす。20歳くらいには見えるかしら?

そして山あいの宿に泊まるの。
そこには先客が3人ばかり来ていて小説家や教師やもう一人は得体の知れない人。
私ははずれの部屋で一人泣いてるの。
宿の女中さんがそんな私を心配そうに尋ねるのです。
そしたら私は「父を亡くして」と言うだろう。
そして夕ご飯はもっと後にしてくださいという。
泣いてばかりいられないからお風呂に入りに行く。
お風呂からの帰り宿屋の息子らしい人にであう。
その息子は湯上りの私の白い肌と少し赤味を帯びたほほに女を感じ
私もその息子の理知的な瞳にひかれ、男らしい姿に心を奪われる

二人はみつめあい私は軽く会釈をしてその場をぎこちなく立ち去る。
息子は振り返り私の浴衣のうしろ姿にじっと見入り残った石鹸の残り香に心をかきみだされる。
私は部屋に入り静かに鏡台の前に座り「今日は自分でも惚れ惚れするほど綺麗」とつぶやいてみる。

まだ18歳だから化粧をしなくても結構綺麗な私なのです。
そしてついさっきの男の人の全ての動作をもう一度まぶたの中に映し出してみる。
何故か鏡の中のストーブの炎が異常に赤く燃えている。
急いで立ち上がりストーブの炎を弱くする。

『誰かに愛されたい』と左の胸に右指達を強く押しあてつぶやいてみる。

また雪が降ってきた。私の心は以前よりも哀しく泣き始める。
もう一度あの男の人に逢いたいと思う。もう一度瞳を交わしたいと思う。
妙に胸が苦しくなってきて外の雪の空気を吸ってみたいと思った。

スーツケースから薄手の着物を取り出し名古屋帯で着付けをしてみた。その上に着物用のコートを着て紫のパラソルを手にし廊下を静かに渡り裏庭に出てみた。
この山あいの宿は庭が見せ場でいろんな形の石が程よく配置されてあり池には色とりどりの鯉が泳いでいた。
でも今は薄暗がりの中それがよくみえない。
私は大きな石の上にハンカチを敷いて池の方に静かに目をやる。
雪は小降りになってきたので傘はとじた。

すると「どなたです?この寒いのに夕涼みですか?風邪をひきますよ」と男の人の声だが優しそうな声色がする。
私は何も言わずに閉じたパラソルの雪を振り払う。男の人が私の大体横にくる。
私はふと顔をあげ後ろを振り向きその時その人がさっきの宿屋の息子とわかる。
「あなたでしたか?どうも失礼しました」
宿の門灯でかすかに息子の顔と着物が見えた。紺色と浅黄色の格子縞の浴衣を着ていた。この人も今お風呂に行って来たばかりと考える。

私は何も言わず只さっきよりもひどく胸が苦しくて心臓の音が早くなるのを感じる。
その人は「どうしたのですか?具合でも悪いのですか?」と心配そうに訊ねる。
そして私は悲しい心を隠しきれずに「ええ、ちょっと胸が苦しくて」と言ってしまう
本当に胸が苦しくなってくる。この人がいるからなおさら。あまりにも苦しいものだから胸に右手を置いたとき膝の上に上げていたパラソルが地面へ落ちた。急いで取ろうとした時私の左手にその人の右手が触れた。
私の冷たい手とその人の暖かな手とが触れ合ってそのまま二人の手は動かず二人の瞳は見詰め合う。
私は胸がますます苦しくなって座っていた右から体を崩しその人の足元に倒れかけてしまう。そして私は耐え切れなくてその人の中腰の胸に抱かれてしまう。

その人は優しく私の身体を自分の胸に抱いてくれて静かに立ちあがらせてくれた。
私の目には涙がひと粒ふた粒流れ出す。
そしたら私の背中にその人の左手が強く回され彼の右手は私の柔らかい髪を撫でた。
優しく優しくまるで精神をなでてくれるような波の様な撫で方。

私たちはお互いを知らなかった。それでも心は今しっかりと惹き合い結ばれた。運命とはこういうものなのかもしれない。
雪はどんどん降ってきた。それでも私とその人は二人のあったかいぬくもりの中でしんしんと抱きあっていた。
その人の着物の襟から湯上りの男の体臭が感じられて私の心はもうこの人ならどうなってもいいという気持ちになりもした。
でもその人は私を強く抱きしめてくれるだけだった。それは広いがっしりとした胸だった。
北国の山あいのある宿での私の初恋。
だけど私たちはそれ以上のぬくもりを求めなかった。

だから私の恋は今でも美しく残っているのです。

(18歳の時ノートに殴り書きしていたのを書きました。予備校で青春を謳歌できない時の恋への憧れを森村誠一の小説に傾倒しながら、綴ってました)