起きることは全て意味のある事だから
今日は月に一度の病院の診察日でした。
炎天下の中駅に着くといつもは歩いて病院まで行くのですが、今日は運よく無料の送迎バスが待っててくれて助かりました。
レントゲンを撮り、ドクターに診て貰うのですが、いつもは予約していても数時間待ち時間があるのですが今日はなんと2番目ですぐ呼ばれました。
骨はくっついていてもう大丈夫ですし、痛みももうないのですが、可動域の天井に真っ直ぐあげるのと横に真っ直ぐと後ろでブラジャーのホックをかけるのはまだなので、リハビリはこれからも継続になります。
でも整体もリンパもできるようになって、身の回りのこともあまり欲を言わなければそんなに困らないので、そのことをドクターに告げたら喜んでくださいました。
担当の先生は若くて優秀で信頼がおけて、リハビリの先生も若くて明るく優しくて、自分はとても恵まれていると思いました。
有難いことです。
2月からの病院通いで、おそらく私の人生で病院とこれほどまで長い期間密接になったのはこれが初めてです。
骨折する前まで、私は健康に自信があり、病気は全てレイキで治し、お医者さんには決してかからないと内心思っていたのです。
でも、内臓の病気や他はレイキで癒されても、骨を接ぐことはレイキではできないですものね。
もし、この骨折の経験がなければ、ヒーリングにあぐらをかき西洋医学を受け入れない鼻持ちならない人間になっていたかもしれません。
そして骨折して初めて骨折した人の辛さを味わうことができました。
以前は足つぼしながらお客様が骨折したとのお話されてもただ「そうなんですか、大変ですよね。」で実感もなく聞いていたのですが、これからは実感ともなって聞けるんです。
5か月も1日も休まず肩のリハビリに通い続けて、病院で働く方々やまた患者さんたちをみて、東洋医学と西洋医学の中立にたてたこの経験はきっとこのあとお客様の役に立つとも思います。
もう少ししたら、骨折する前の生活や心の様子や骨折後のそれをブログに書きたいと思います。
やはり心と身体には前触れみたいなものがあるんですね。
それにメッセージもね・・・
でも今回のことで世の中で全て起きるいいと思われることも悪いと思われることも、全て意味のあることで、その人に必要だから起きているということが実感できました。
そう思えたら心が波立たなくなったのです。
何故なの?どうしてなの?ではなくジャッジせずにありのまま受け入れられたのです。
そしてこの期間私は、精神世界のことやスピリチュアルの世界もより一層探求しました。
そして自分はやっぱりスピリチュアルなことが好きで夢中になれるのだということもより一層明確になってきたのです。
でもそれには補足として地に足のついた、グランディングのしっかりしたスピリチュアルなんですね。
ということで台所からダダ茶豆の匂いがしてきたのでこの辺で遅い夕食とします。
今日1日お疲れ様でした。