「コーヒーが冷めないうちに」を観て
今日はまた夏日に戻りお洗濯には絶好の日和でしたね。
「コーヒーの冷めないうちに」が大ヒット上映中なので、早速観に行ってきました。
4回は泣けるという触れ込みでしたが、もっと泣けたような気がしますが、号泣というより、私は偲び泣くという感じでした。
コーヒーの淹れる場面と淹れ方とBGMが迫力あり、その場でコーヒーを飲みたくなるという効果があり、あの映画で喫茶店の利用者や、コーヒーを飲む人が増えるかもしれないなあと思いました。
有村架純の透明感ある演技、吉田洋の泣きの演技、松重豊の温かい演技、静かな時間が流れるのでした。
現実ではありえない内容ですが、「過去は変えられないが未来は変えられる、だから今を懸命に生きる」こと?
亡くなった人は姿かたちは見えないけれど、いつもそばで見守ってくれてるというのは嬉しいくだりでした。
因みに今日は亡くなった実の父親の月命日でした。
そうそう、そういえば今日の早朝、ふと今週末のプレートを外す手術のことを想像していたら、痛いだろうな、また傷がいえるまで時間かかるだろうな、でも最初とは違うしなとか思い悩み、はずすのやめようかななんて久々に思い悩み、暗がりの中で鬱々としていたら、突然、廊下の方でドンとすごい音がしたんですね。
きっと何かが落ちた音なんだと想像し、枕元の時計を見たら、3時33分33秒!のぞろ目だったんです。
何やら神がかりの数字でした。
何じゃこの数字のメッセージは?と思い廊下に出てみたら、段ボールの上に積み上げていたペットボトルが1本だけ床に横に落ちてたのです。
まだ夢の中なので、頭がクリアに働かず、ただ、水みずミズ・・・と何かをくっつけようとしましたが解明できなかったのでした。
でも今このブログを書いていてハタと気が付いたのです。
3時33分33秒に水のペットボトルが落ちて悩んでいる私に注意を促す・・・ということは、水になれ、水は方円の器に従うというではないか!水のように逆らわず流れに任せるのだということ?
全てあるがままに受け入れていくのだ!という風に今朝がたのぞろ目と音と落ちた物体を結びつけたのです。
でもちょうど父の月命日でもあるので、やはり父が私のちょっと悩む様子を上からみて、心配するな!と水を使って教えてくれたのかもしれないですね。
そう考えると、コーヒーが冷めないうちにはとてもスピリチュアルな思いをうたった映画かもしれませんね。
そして、上映人気1位でした。