淡い恋物語編 尊敬する上司(興味のある方だけ読んでね!)

(お客様のI様が恋物語楽しみにしてる!とおっしゃったのでその当時を思い出して書いてみました。)

彼はそのころ52歳だったかな。

転勤してきた支店の上司。支店の建て直しのために来た。勤続年数は全社内で3本の指にはいり実質重役になっていたものを現場がいいからと昇進を断っていると噂があった。きっとストレスの怖さを知っていたからなのだろう。

眼鏡をかけていて、今思えば、臼井レイキの臼井甕男先生に似てた気もする。口数少なく部下を叱る場面を一度も見たことがなくいつもスポンジのように周りの愚痴や攻撃を吸収し、温厚なイメージを与えていた。まるで出家僧の様だった。

それは初夏の夜、転勤年数4年目の頃、そろそろ他の土地への辞令がでるかもの噂がではじめたころ、いつもは、彼は出張には複数でいくことが多かったが、なぜかその日は美容指導員の私を選んで3日間の研修会へ同行した。

夕方の新幹線の中、社内販売からコーヒーを買い二人で飲んだ。彼のコーヒーにはシュガーとミルクが山盛りに注がれた。

「あれー支店長大丈夫ですか?そんなに甘くして。」「大丈夫ではないが・・・」と笑っていた。

その夜は売上最高の販社の会食に招かれていたが、家族の中に急病者がでたということで私と彼は二人で夕食をたべることになってしまった。今まで4年も一緒に仕事をしていて二人で食事をするのはその日が初めてだった。

仕事ができる上司。温厚な上司。あだ名が仏教的でもあった。私の心にはその時も尊敬だけがあふれていた。

港の近くの居酒屋でおすしを食べた。私は日本酒の熱燗を頼み、彼も普段は飲まないはずが、同じように私に合わせてくれて日本酒を飲んでいた。

明日の会議のことや連絡事項を打ち合わせて宿泊ホテルに帰りついた。

途中1階のラウンジが程よく薄暗くムーディな雰囲気にさそわれたのか、彼は「カクテルでものまないか?」と私に聞いた。私は、「あ、いいんですか?ふたりで飲んでいたりすると店長さんに見られてうわさたてられるかも」と言ったら「構わないよ。いっしょに飲めばいい」と不思議にさばさばしてた。

いつもの冷静な支店長からは想像もできなかった。私はマティーニ、彼はxyzを頼んだ。静かな音楽が流れキャンドルがやさしく揺れていた。

じゃ、帰ろうかという彼に促され、エレベータに向かった私。エレベータの箱に入り12階のボタンを押した私。私たちの他には誰もいなかった。突然の静寂が二人を包んだ。

私は下を向こうとした。するとなぜか自然に彼の片腕が私の背中を抱きもう片方の手が私のあごに触った、その瞬間彼の唇が私の目の前にあった。気がつくと熱い吐息と共に彼の唇が私の唇に押し付けられていた。かすかなキャスターマイルドのたばこの匂いがした。

それはほんの数秒だった。風のようなキスだが一瞬熱い温度を伴った。そしてエレベータのドアがあき、彼は「おやすみ」といって足早にじぶんの部屋へと消えていった。

私はボーっとなった。『何?今のは?何がおこったの?』私は動揺した。24歳も年の離れた、ただ尊敬していて遠くから見ていた人にその日そんなに近く接近され予想もしないことがおきたことに。

その時期の私は仕事に燃えていて、だから特定の彼はいなかった。『明日からどんな顔をして仕事したらいいの?』

翌朝、モーニングをとる時間に待ち合わせていたのだが、そのときの胸の高鳴りは今も切なく思い出される。目を見るのも、言葉を発するのも恥ずかしい気がした。あの一瞬の体温を思い出してしまったから・・・

そして出張の帰途、新幹線の中で彼は普段はやはりコーヒーなのに、その日はビールを頼み「君も飲まないか」とすすめた。また新幹線が帰途の駅に到着する10分くらい前に、「Y君帰り飯(めし)くわないか?」と誘われていたがその日は友人と約束があったので断った。いつにもなく執拗な気がした。でも嫌ではなかった。

とても残念そうに私を見つめる彼。あんなことがあった前より若々しく見えたのは勘違いか?

確かにいつもの上司と違って見えた。もしかしたら素敵だったかもしれない。

私は電車をおりて彼と別れて、『ほんの出来事、夢だったのよ』と昨日のエレベータでの上司との思い出を封じ込めた。

しかし、その夜、真夜中にその上司の奥さんと名乗る人から電話があった。

「主人が救急車で運ばれました。あなたの名前だけがメモ帳に載っていました。あなたのことは仕事ができる優秀な方と聞いていましたから。明日に会議に出られないことを支店の副支店長に伝えてください。」と病院名を教えてくれた。

私はびっくりした。私の名前と電話番号だけがメモ帖にあるなんて。他のスタッフの電話番号はどうしたの?そうか、支店長は自分の体の不調を知っていたのか、初めて飲みに誘ってくれたのは何かを私に話したかったのか。何度も誘ってくれたのはそういうことか!何か伝えたかったのだろうか?

翌日から支店は信頼のボスが不在でてんやわんや!そして私がスタッフの中で一番信頼されていたことを知る。

彼の病名は心筋梗塞。あの時のコーヒーにシュガー山盛りはそれを教えてくれたのかもしれない・・・残念なことにそのあと仕事復帰はできなかった。自宅療養をした後に日本の北端のふるさとへ家族で帰ったと聞かされた。

あの時友達と合わずに支店長の誘いに応じていれば支店長は病気にならなかったのだろうか?

それともそうでなくても病は訪れたのだろうか・・・

不意に訪れたたった1度の上司との甘い接近。そのあと複雑な悲痛な思いは数か月ひきずられた。

でも彼にとっては家庭ある身の恋?私には尊敬する上司。

神様は引き離したのかもしれない。わざと、深い泥沼にならないように・・・

私の恋の前途と、そして耐えきれないストレスから支店長を、神様が、病という名目で自由にしてあげたのかもしれない。

だから今も素敵な上司の思い出として残っている。

拙い物語読んで頂いてありがとうございます!