溢れる愛情米一俵の重み

東北の田舎の姉夫婦から採れたてのお米一俵と沢山の栗が送られてきた。IMAG1541

姉は若い時から和装道の仕事をしており結婚をして子供を育て、夫に尽くしながらもまた舅姑に仕え、和装道ひとすじを続けている女性だ。そして嫁ぎ先の家が農家もやっているので農繁期には田植えをし、秋には刈り入れをする。娘が三歳の時泣き叫ぶのを振り切って仕事にでかけた。その娘も立派になり適齢期には嫁に行き子供が三人生まれ彼女もまた生涯貫く仕事を続けている。姉は日本的美人で料理も上手で家事を切り盛りし、私は逆立ちしてもかなわない。IMAG1542

義理の兄はもう会社を定年退職しているが、若い時からご両親が農業をやっていたのでサラリーマンの傍ら手伝っていたご両親を見送られてからは姉と二人で自給自足の生活をし、まわりの人にも振舞っている。怒ったところを見たことがない。とても優しく頭のいい人で、歌がダントツにうまく、なんせ声の色がいい。

そんなお二人が毎年のように夏には自家栽培の新鮮な野菜と秋にはやはり自家栽培のお米を一俵送ってくれる。ひとつぶ一粒の米粒の重みに深い愛情を感じる。人知れず多くの辛い事もあったでしょうにも愚痴ひとつこぼさず頑張っている姿!そして栗のイガをはずしてひとつひとつ洗っていれてくれたんだなとその姿を想像すると毎度泣けてくる。

私達はそのお返しに有名店で販売しているスイーツを元払いで送る。この愛情の重みの違いを見せ付けられ、何故か涙がとまらない。私達はお百姓さんでないのでお米は作れないし、大きな栗の木もない。士農工商で一番農業が素晴らしいと何かの本で読んだがそれはこんな意味もあるのかもしれない。

都会のマンション暮らしに慣れすべてデジタルで全てスピーディー!のお返しを今日は何故か心苦しく思う。だから今日はブログで姉夫婦に心を届けたい。

姉さん義兄さんありがとうございます。お二人の心も頂きます。お米大切に食べますね。心から感謝します。