20数年前の文壇バー

都内の出版社で2年ほど働いていたことがあります。

そこは出版社なんですがアトピー性皮膚炎に有効な基礎化粧品を売り出すのに美容アドバイザーを募集していたんですね。

それ以前に10年近く大手化粧品で働いていたので、すぐに採用が決まり、その化粧品を開発した、やり手の美魔女の先輩と鶴田浩二に似ている穏やかな人柄の部長と3人の部署でした。

電話帳でアットランダムにアポイントをとって訪問や来社を促します。又は指定されたお客様の処へお邪魔して商品説明をしたりと今考えたら大変パワフルなお仕事でした。

そして、その後、応接室で化粧品の半顔使用のビフォアアフターをお見せしたり、サービスの一環としてメイクアップを施したりの営業だけではなく、技術も伴うお仕事でした。

でも私は案外客宅訪問や電話アポイントメントが苦にならなかったんですね。あの頃は・・・今やれ!と言われたらどうでしょう?

そして今頃になると思い出します。会社の忘年会でみんなでカニ鍋を食べに行ってそのあと二次会で行きつけのスナックでカラオケを歌い、最後は数名で社長が行きつけの銀座の文壇バーに連れて行ってもらいました。

だいぶお酒も回っていましたが、階段をのぼった記憶があるのですが、そこは会員制の様で、ドアを開けると、まとめ髪をした美しい和服の女性が現れ、席を誘導してくれました。

ほの暗い室内には足元灯がスポット的にあり、それぞれの茶色の丸テーブルには男性がひじをついていたり、腕組みをしていたり、またはアベックであったり。

殆どが背広を着た、またはワイシャツの袖をまくり、どのテーブルもタバコをくゆらし、その煙がBGMのバロック音楽に乗って、ライン体操のあのラインの曲線のようにたなびいていたのを記憶しています。

耳元に心地いい会話、中原中也がどうのこうの、萩原朔太郎がどうのこうの、文学とはデカダンスだ!などとウイスキーの水割りかブランディのグラスをくるくる回している様子に心奪われてしまいました。

その空間がまるごとデカダンス、ニヒリスティック、そしてインテリジェント・・・

そこは会員でなければ入れない空間でした。あれ以来文壇バーにはいく機会もありません。

今はだいぶ文壇バーもクローズしたとの情報ですが、出版社に入らなければ、大学の文学部を出ているわけではない私に、きっとあの経験はなかったんだろうなと思います。

お笑いの又吉氏は文壇バーに行くのだろうか?

とても素敵な時間を共有できた、あの時の社長や先輩に感謝を遠くから言いたい気分です。

今生きているのは過去巡り合った人との積み重ねの上に生かされているんだと感じ、現在の人だけでなく過去の人にも感謝だな~と隙間時間に懐かし文壇バーに思いを馳せた次第です。