日本海中部沖地震

私は日本海中部沖地震を体験しています。

当時OLだった私は23歳で実家を離れ自活をしていました。その日は女性特有の体調不良の為、二間のアパートの一室で布団に仰向けで寝ていました。惨事が起きたのはちょうどお昼ごろだったと思います。

アパート自体は古い物件でしたが、調度品にはお気に入りを置くようにしていました。たとえば洋服ダンスや鏡台、食卓用のテーブルなどですね。
またお部屋寝室の天井には少しおしゃれなシャンデリアを飾っていました。5つの灯具がついていて、いつもそのすずらん型の白い5つの灯りを見つめて眠るのがすきでした。少しお姫様になったような気分でね。

寝返りをうとうと左をみた瞬間です。ぐらっと部屋自体が揺れ顔を左にそむけた場所にガシンとそのシャンデリアが落ちてきたのです。タッチの差でした。もしそのまま正面を見て寝ていたらみごと顔面粉々で今の私の人生は歩んでいないでしょう。この運命の分かれ道はいったい何からくるのでしょうか?

信心があるとか、ご先祖様が守ってくれたとか?ということでしょうか?でも当時の私は神を信じることも、ご先祖様を敬うこともなかったような気がしますね。

短大がキリスト系の大学でしたが牧師先生のレクチャーを勉強するだけで洗礼も受けてませんでした。ただいつも54歳で亡くなった父のことを思慕しながら生きていました。

そのあと食器棚からあれよあれよという間にガラス製品が割れおち、パジャマの上にカーディガンをさっと羽織部屋の外に出たのを覚えています。20分くらいの激しいたて揺れが続いたのかようやく収まり、全てが乱雑に粉々になった部屋に入り、すぐジーパンに着替え、お財布とリップクリームだけもって逃げ出しました。今は一刻も早くその場所を離れたかったのです。目と鼻の先におすし屋がありましたがふっと一瞥したら案の条、棚から食器やお酒の一升瓶やら壊れ落ち、お店の前の地面もひび割れていました。板さんたちは私に気づくこともなく一生懸命掃除におわれてました。

そのあと、街から街を歩き地震の惨状を目の辺りにし、呆然としていたのを思い出します。
あの時小学校の引率の先生が生徒たちと一緒だったか先生だけだったか津波に呑まれて亡くなったのでした。とても痛ましいものでした。それがあとでビデオになって地震の歴史となって残ったのでしたが、私はその光景が映っているのはとても悲しすぎて購入することはできませんでした。(つづく)